自分の身は自分で守る。
実は明日は
母の命日。
今から35年前かな…
私の中学の説明会の
次の日に
母は倒れ、そのまま
息を引き取りました。
前日の説明会の日
学校から戻った後
テレビ見ながら大笑い
していた母
まるで…
ウソのようだった
次の日の出来事。
霊視出来る2人の方に
視てもらったけど
2人とも
もっと前から母は具合が
悪かったこと
指摘されたのです。
母はバリバリの
キャリアウーマンで
当日も朝
具合が悪いのか
起きるのが
遅かったのを
覚えてる
最後に
言葉を交わしたのが
私で
「早く学校へ行きなさい!」
って
怒られて
でね
学校で救急車がくる
サイレンを聞いていて
それが母の乗った
救急車だったとは
夢にも思わなかった…
それから数年間
救急車のサイレンを
聞くのが
大キライで。
トラウマになったほど。
35年経った
今でも
鮮明に覚えてる
担任の先生が
ものすごく慌ててて
タクシーで
病院までいったんだ
もう、すでに
息を引き取り
横になっていた母
何が起きていたのか
全く理解出来なかった…
……………………………
これがわたしの
現実であり
幼い頃に経験した
出来事。
受け入れるのに
どれだけ時間がかかったか…
人間ってのは
誰もが明日生きてるとは
限らないんだよね
わたしは
その時に死ぬほど
後悔した…
一度死んでるのかも
しれない…
後悔してもしきれず
3日後には
生まれ変わった
自分になったから。
今も切り替え
スイッチが入った
あの時のことを
よく覚えてる
泣いていても
母は喜ばない
だったら
もう後悔しない
自分になろう❗️って
だからね
とにかく頑張って
やれることはすべてやった
褒められることなんて
全然なくて
もっともっとって
求められ
当たり前だと思うように
なったけど
でもね
その分、好きなことも
出来たんだ♡
だから
自分のことが好きだった
だから
1つ上の話したこともない
先輩に
初恋の時も
手渡しで
チョコをあげることが
出来たの。
部活の仲間のおかげで。
ホントに
青春だった
中学時代
高校時代も
とにかく好きなことしか
してなかった私。
今思えば
自立が早かったぶん
すべて自分でやろうと
していた
10代20代
ムリも平気で
いろいろ
チャレンジしてた…
でもね
そんなせいか
母のような
キャリアウーマンには
全く憧れず
反面教師として
結婚してからも
専業主婦でいいと
思っていたのです。
今ではマイペースで
女性も仕事が出来る時代には
なったと思うけど
母の苦労を
小学校上がる前から
知っていた私は
仕事をすることが
どんなに
大変かを
知っていたのです。
当時は
女性というだけで
役職がつかなかったから
若い男性の部下に
悔しい思いを
たくさんしたようで
日記にも残されていて
幼いながらに
いろんなことを
知りました。
母には好きな人もいて
周りに反対されたためか
結ばれなかった
ようでした…
でも
ずっと続いていたみたい。
日記に記されて
いました…
今思うと
まだ、幼い頃に
いろいろ知りすぎていたのかも
しれませんが
カラダを壊してまで
働く理由って❓
なに❓
いい人でいる理由は❓
……。
一番大切な自分
を
犠牲にしてまでも
ムリをする癖は母に
似てしまったのかもしれません
明日が
命日だけに
そのことが
ぐるぐるぐるぐる
自分の身は自分で守らないで
誰が守って
くれるのでしょう❓
母も
完璧主義だったのかな
完璧じゃなくても
自分を許せること
弱くても許す
ダメでも許す
ありのままでも
いいんじゃないか…
歳を重ねるにつれて
そう思います
みなさんも
自分を一番に
大切にして欲しいです♡
幼くても
子どもは
気付いていますからね♡
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